INDUCTEES/

掲額者一覧

2021年

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​副島 道正

​(1871-1948)

種別:競技の発展に大きく寄与した人物

大日本バスケットボール協会初代会長を務め、バスケットボールが初めて正式種目として編入された1936(昭和11)年の第11回オリンピック競技大会(ベルリン)に国際オリンピック委員として携わった。

​佐藤 金一

​(1885-1949)

種別:競技の発展に大きく寄与した人物

ウィスコンシン大学で勉学に励むかたわらバスケットボールにも打ち込み、1909(明治42)年に帰国した。その後、京都YMCAおいてバスケットボールを紹介し、指導した。また、1917(大正6)年に発行された完訳のルールとしては日本初とされる規則書『バスケット、ボール規定』の訳者である。さらに、1917(大正6)年に日本おける最初の国際大会として開催された第3回極東選手権競技大会のバスケットボール種目に、日本代表となった京都YMCAのキャプテンとして出場した。

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​浅野 延秋

​(1901-1969)

種別:競技の発展に大きく寄与した人物

1930(昭和5)年の大日本バスケットボール協会の設立に尽力した。設立後は常任理事と競技委員(主任)を務めた。また、バスケットボールが初めて正式種目として編入された1936(昭和11)年の第11回オリンピック競技大会(ベルリン)にバスケットボール日本代表の監督として参加した。

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​尾崎 正敏

​(1931-)

種別:コーチ

1975(昭和50)年の世界選手権大会で女子日本代表を監督として準優勝に導き、女子のバスケットボールが初めて正式種目として編入された1976(昭和51)年の第21回オリンピック競技大会(モントリオール)に監督として参加した。オールコートのマンツーマンディフェンスをベースにし、補助的にマンツーマンディフェンスとゾーンディフェンスを組み合わせる「忍者ディフェンス」と呼ばれる変幻自在のシステムを編み出した。

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​加藤 廣志

​(1937-2018)

種別:コーチ

1960(昭和35)年から1989(平成元)年の30年間にわたって秋田県立能代工業高校を監督として率い、33回の全国優勝を成し遂げた。加藤氏が指導した者には、大学やトップリーグ、日本代表で活躍したプレーヤーも多く、また、指導者も数多く輩出した。

​清水 義明

​(1843-)

種別:コーチ

ミシガン州立大学で学び、日本体育大学を関東大学選手権優勝20回、同リーグ戦優勝24回、そして日本学生選手権大会優勝14回という結果を残した。